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旅について思うこと

  • 執筆者の写真: フウカ
    フウカ
  • 2021年2月12日
  • 読了時間: 4分

更新日:2021年3月29日

観光学研究で、旅行者や観光行動が体系化されることへのそこはかとないネガティブな感情は、自分が旅びいきだからかな。

観光学という分野から横断的に見ることはだからこそ意義があると思う。一方で、観光学そのものがどれだけアカデミックな要素を持つ学問として確立し得るかに疑問を抱いていることは否めない。

其の1:旅とは

あなたにとって旅とはなんでしょうか?人はなぜ旅をするのでしょうか。

「旅行に行く」それ自体が目的となっていたマスツーリズム時代と比較すると、現代は目的があって旅行行動が喚起されるらしい。

そのステートメント自体が「言葉のあや」的要素を孕んでいるとは想うのだが、確かに余暇時間や所得があって旅行に誰もが気軽に行けるという変化を考えれば納得。


リラックスしようとした結果、旅行がその実現方法として選択された観光ならば確かに、旅行の満足度はいかにリラックスできたかという当初の目的に左右されるだろうけれど。だからと言って旅行中リラックスしなきゃ!とか思わないと思うんだよな。


好きだから旅行に行くでいいと思う。なぜ好きなのかわざわざ掘り下げなくても。

旅行先行型だったとして旅を旅たらしめるのはそこだと思うし、旅に満足した帰りたい時って、自分のわからなかった目的が見つかった時なんじゃないかな。

旅とは驚きと発見の連続である

旅とは自分がその体験の作り手であると実感できること??


本の世界は何年後も変わらなくて変わるのは読み手の捉え方。

本と違って旅先に同じ環境が揃うことはあり得ない。

いつどこで何をするか決めた自分の意思で、その経験ができているという唯一性。

同様の理由で、街角に自転車がとめられている写真をとてもたくさん持っている。

後者については撮ったはいいものの、今見返してもそれほどときめかないという問題付き。

写真を撮るための観光が若者に多いという調査結果がなかなか興味深くよく引用している。

写真を撮りたいから旅行するならまだわかるのだけど、インスタにあるのと同じ写真を撮るために旅行するという感覚は謎すぎてちょっと私も味わってみたい。

旅の本質は私にとって、その地域や人とのつながり。

楽しかったの一歩先の、地域への理解や愛着が旅行経験の豊かさ。

テーマパークがどんなに設定が細かくて歴史を有していようと、そこは観光地として作られた場所であって住んでいる「人」がいないからね。

多分自分がいわゆる観光客に対して比較的批判的なまなざしを持っているから。

地元の人にとって私は観光客でありソトの人間だけど、ホスト側に自分の役回りがあることで自分をそれら観光客と分けて捉えられることに対する喜び。


そもそも単純に、人助けをできることが嬉しかったり、人助けをできるレベルにその地域を知った自分の状態に満足して嬉しい。

知識や感性に裏付けられる楽しみって存在していると思う。

これは価値観の押し付けかもしれないけれど、知識はそれだけ見る視点の多様さに繋がっているから、建築や土地の歴史を知ってまちを歩いた方がたくさんのことに興味を持てる。

今目の前にあるもの以外と紐つけて考えられるしね。

ジェスチャーや翻訳で十分かというと、そんなことはない。

空港で乗り場の変更のアナウンスを聞いたり、機内でお食事は〇〇ですの案内聞けるくらいの英語は旅の快適さや安全性につながるんじゃないかな〜


別に英語は必要条件ではない、それは確かだと想う。

どうにかなるし、英語がどこでも通じるわけではない。


ただ現地後を知らないなら一番汎用性があるのはやはり英語で、ちょっとした雑談やさっとできる身軽さはその旅での情報量や思い出を左右すると思う。


旅行経験の豊かさは旅行者側の旅スキルや教養に依拠する。

自分の感性や知覚に触発されるなら、その知覚は知性に規定される?

観光客のための利便性や、観光客向けのビジネスではない真のローカリティ。

スーベニアショップやハイブランドショップではない、生活必需品を扱う個人店。

見せるために作られていない日常に、本来の地域らしさや生活を見つけたい。

モラルを喚起するようなマネジメントができることがベストなのかもしれないけど、そこで快適さや楽しさといかに共存させられるかって難しそう。


観光地だからといって観光客だけが来るわけではなくて、そこを日常利用している人もいるだろうし、観光客の属性だって色々。

入場料や予約制でコントロールしないと、やはり難しいのだろうか。

観光の定義は、戻ってくることが前提になっているから新しい捉え方だよなーと思う。

アドレスホッパーみたいな新しいスタイルを生きる人って、マインドが高次にありそう。


私は帰る場所とか、基盤となる生活リズムみたいなのがあるからこそ、離脱する旅に面白さを見出せている。

何キロ移動すれば旅行というものが存在しないように、何をすれば旅というものも存在しない。コロナになって旅における日常と非日常、労働と余暇の境界の曖昧さが際立つようになったな〜と思う。

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