世界の台所をのぞく
- フウカ

- 2021年1月24日
- 読了時間: 5分
更新日:2021年2月4日
誰かのお家にお邪魔した時につくってもらったご飯たち。家庭の味を食べるのはもちろん、食材の調達についていくのも、見知らぬ調理器具や調味料が並ぶキッチンでお手伝いするのも旅をしていて大好きな時間のひとつ。

ローカルな市場や路上店は、好奇の視線で見られたり、気になるものがあっても持ち帰って調理するのは困難だったり……。でも現地の人と行きつけの市場に行けば、もれなくその地域の食についていろいろ教えてもらえるうえ、「この子日本から来たのよ〜」って紹介してもらうことでその市場にちょっとした‘‘顔見知り’’の地元の人ができてしまう。
🇮🇳インド
キャサリンがつくってくれたイドリー

南インドで食べられる、お米から作られた蒸しパン。もちもちしているわけでもパサパサしているわけでもなくて、発酵独特の酸味がクセになる。
これをカレーにつけていただくのだが、手で食べるにはちょっとした工夫と慣れが必須。
なぜなら南インドのカレーはとってもさらさら、スープ状だから。
使うスパイスも異なるようで、南インドの方が辛いことも特徴らしい。

イドリーは、ネタ型に流し込んでお鍋で蒸すと完成。
お母さんが付け合わせカレー用のチリを刻み始めたから「チリ少なくしてー」ってすかさず進言。おっけーって言いながら平気でどんどんカットしていくから叫んでいたら、子どもにけらけらと笑われた。
そしてどの家庭でも、玉ねぎ(紫玉ねぎ)と包丁がミニサイズ。毎回カレーの具を細かく切ったり、つぶして完成するカレー。トマトの皮を剥くのに大苦戦していたから「いちど切り込みを入れてお湯に潜らせたらすぐ剥けるよ〜」って実践したら思いのほか感激してくれてなんとなく嬉しい気分に。
どのスパイスをどれだけ入れるかも含めて、調理法は代々伝わるその家庭独自のものなのだろう。そういえば、玄関に書く魔除けのコーランも代々引き継がれるその家ならではのものだなあ、、、

カレーと一緒にたべる南インドの主食は、他にも米粉のクレープのようなドーサ、豆粉で作られた甘くないドーナツ「ワダ」などがある。ミャンマーからの移民の人が多いから、その麺料理もよく売られているし菜食主義な方も多くてびっくりでした。
あとは歯磨きするのに、葉っぱを噛むとか。野菜をこんもりと自転車に積み上げた行商の人が太ーい声で歌うように宣伝しながら通っていくと、門を開けて買い足しにいくとか。テイクアウトの時に、ビニールを極力使わずに麻紐や新聞で包むエコさとか。
なんでもかんでも目新しくていちいち驚かされるインドのキッチンでした。
🇵🇪ペルー
犬と目を合わせないように、でも犬の動きには細心の注意を払いながら薄暗くなり始めたクスコの通りをサクサイワマン地区に登っていく。
10分は経っただろうか。もうとっくに息は切れていて一刻もはやく一息ついて暖かいマテ茶が飲みたい心持ちだったけれど、どうやら私は迷子になったらしかった。
そんなとある日の、(結果的にパーティーになった)エンパナーダディナーついて。

ホテルを経営しているアルゼンチン出身の3人組のキッチン。
近所にはビジネスのために移住しているアルゼンチン系の方が多く住んでいて、いつしか足元に犬をも走り抜ける大世帯パーティーになっていた。
右から左にビール瓶が回され、左から右にタバコが駆け抜けていく。
キッチンの奥では真面目な経営の話が始まり、もくもくとエンパニャーダを包む数人のよこで、残りの大多数がダンスを始める。
かまってほしい犬は吠えてみせるし、普段は寂しいキッチンが大渋滞。

エンパナーダの中身は牛肉メインのものと、パプリカや玉ねぎがたっぷりのものと2種類。
フォークで閉じた縁のものと、手で織り込んだもの、調理法も焼いたもの、揚げたものが作られ見た目に豊か。ちょびっと餃子ルックなエンパナーダも。

ちなみに…
エンパナーダにありつくまでに、勘ではどうも家まで辿り着けずに結局チャット。
同じ場所を3回はぐるぐるしたせいで、1回目は通りすがりの「オラ」一言だった挨拶が、3回目にはスモールトークを繰り広げるとなんだかんだ遠回りを満喫した帰路でした。

🇻🇳ベトナム
作ってもらった豚の角煮と、スープは写真がないから彼の家の近くにあって何度か行ったお店のフォーの写真をば。ドアマンがいる高級レストランじゃなくて、夜風に当たりながらクラクションと埃にもまれてつるっとした麺を吸い込むことこそ醍醐味。そしてその魅力をも凌ぐのが現地の人がお家で作ってくれる家庭料理。

マルコスのキッチン。
ニョクマムの匂いと、食器の上に積まれた香草たちがなんともベトナムらしい。

食事とは関係ないけど、お風呂でお湯使いたかったらお鍋でお湯わかしてタライで混ぜてつかってねスタイルでした。
豚はちょっとしょっぱすぎたけど、ご飯がすすむ味。
普段から外食ではなくてよく作るらしい。

昔ベトナムに行った時は、道路にブルーシートを広げてハエがたかる中、巨大な氷を粉砕している様子もよく見たけど同じ風景を路上で見つけることはなかった。カエルをコンクリートに打ち付けてハサミで捌くおばさんも、串焼きを炭火の網で炙りながら歩きうるおばさんも、一度も遭遇していない。通りすがりのバイクからお買い上げしていく姿はいまもベトナムの日常で、懐かしさを感じるとともに変わらないでほしい風景と思うのでした。

見知らぬキッチン製品やお野菜、とってもローカルな市場やスーパー、作ってくれる地元の素朴なお料理、どれも誰かがお金を対価にコピーすることができない「自分」が旅行をした証拠であり楽しかったと実感させてくれる思い出。
そして、その中で最もかけがえのない自分の記憶や経験となっているのは、おうちに招いてくれてお料理を振る舞ってくれる「その人自身」を知れること。それはとある国の文化や、その地域の伝統という枠ではなくて、お料理から垣間見られるその人自身。



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